2007年07月14日

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2007年04月14日

美しい村 或は 小|遁走曲 2

そうして一めんに生い茂った雑草を踏《ふ》み分けて行くうちに、この家のこうした光景は、数年前、最後にこれを見た時とそれが少しも変っていないような気がした。が、それが私の奇妙な錯覚《さっかく》であることを、やがて私のうちに蘇《よみがえ》って来たその頃の記憶《きおく》が明瞭《めいりょう》にさせた。今はこんなにも雑草が生い茂って殆《ほと》んど周囲の雑木林と区別がつかない位にまでなってしまっているこの庭も、その頃は、もっと庭らしく小綺麗になっていたことを、漸《ようや》く私は思い出したのである。
 

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美しい村 或は 小|遁走曲 1

或る小高い丘《おか》の頂きにあるお天狗《てんぐ》様のところまで登ってみようと思って、私は、去年の落葉ですっかり地肌《じはだ》の見えないほど埋まっているやや急な山径《やまみち》をガサガサと音させながら上って行ったが、だんだんその落葉の量が増して行って、私の靴《くつ》がその中に気味悪いくらい深く入るようになり、腐《くさ》った葉の湿《しめ》り気《け》がその靴のなかまで滲《し》み込んで来そうに思えたので、私はよっぽどそのまま引っ返そうかと思った時分になって、雑木林《ぞうきばやし》の中からその見棄《みす》てられた家が不意に私の目の前に立ち現れたのであった。
 

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美しい村 序曲 6 堀辰雄

 またしても、何と悲しそうな様子をするんだ! もう、止《よ》します。しかし、もうすこし書かせて下さい。でも、何を書いたものかしら? 僕のいま起居しているのはこの宿屋の奥《おく》の離《はな》れです。御存知《ごぞんじ》でしょう? あそこを一人で占領《せんりょう》しています。縁側《えんがわ》から見上げると、丁度、母屋《おもや》の藤棚が真向うに見えます。さっきもいったように、その花がいま咲き切っているんです。

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美しい村 序曲 5 堀辰雄

 ああ、また、僕はなんだか悲しそうな様子をしてしまった。しかし、僕は本当はそんなに悲しくはないんですよ。だって僕は、あなた方さえ知らないような生の愉悦《ゆえつ》を、こんな山の中で人知れず味《あじわ》っているんですもの。

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美しい村 序曲 4 堀辰雄

 あなた方は何時頃《いつごろ》こちらへいらっしゃいますか? 僕はほとんど毎日のようにあなたの別荘の前を通ります。通りすがりにちょっとお庭へはいってあちらこちらを歩きまわることもあります。

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美しい村 序曲 3 堀辰雄

どこへ行っても野薔薇《のばら》がまだ小さな硬《かた》い白い蕾《つぼみ》をつけています。それの咲くのが待ち遠しくてなりません。

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美しい村 序曲 2 堀辰雄

 西洋人はもうぽつぽつと来ているようですが、まだ別荘などは大概《たいがい》閉《とざ》されています。その閉されているのをいいことにして、それにすこし山の上の方だと誰ひとりそこいらを通りすぎるものもないので、僕は気に入った恰好《かっこう》の別荘があるのを見つけると、構わずその庭園の中へはいって行って、そこのヴェランダに腰《こし》を下ろし、煙草《たばこ》などをふかしながら、ぼんやり二三時間考えごとをしたりします。

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美しい村 序曲 1 堀辰雄

六月十日 K…村にて

 御無沙汰《ごぶさた》をいたしました。今月の初めから僕《ぼく》は当地に滞在《たいざい》しております。前からよく僕は、こんな初夏に、一度、この高原の村に来てみたいものだと言っていましたが、やっと今度、その宿望がかなった訣《わけ》です。まだ誰《だれ》も来ていないので、淋《さび》しいことはそりあ淋しいけれど、毎日、気持のよい朝夕を送っています。

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